今年の春、香川県の塩江にある病院の敷地内で制作。3週間に及ぶレジデンスによる制作で多くの気づきがあった。私は工場労働者のように毎朝出かけ8時間ほどの制作を続けた。病院の医療従事者や患者、近隣の住民と毎日あいさつや言葉を交わしながらの制作であった。日常に取り囲まれながら、病院の庭で謎の行為を続けたことになる。作品に見えず、鳥か猪の罠と思っていた人もいた。それでも、作品の変化を楽しんでいる方もいて、大いに励みになった。「夜の街灯に照らされていたのが綺麗!」と言った人がいたが、ついにその光景を見ることはできなかった。
鳥の声に混じって聞こえてくる掃除機の音や会話は実に心地よいものであった。最初は「日常は美しい!」というのが素直な感想だった。3週間ひたすら鉄線を捻る行為の連続は労働とも言えるし瞑想とも言える。制作の後半、病院から患者の苦しむ声が気になり始め、自分の過去の負の想念が渦巻いてきた。フィニッシュの場所ではそういう苦悩の想念をふるい落としたかったのか、高さ3m程の宝珠の形状になった。
長さ20m程の病院の庭だが、最後は長い遍路の旅を終えたような気持ちになった。